ご縁~巡り合わせの回廊~

東福寺 (12ブログ用)写真は東福寺の回廊「通天橋」2011年12月撮影

先日、小学校以来の同級生にばったりと出会った。京都市内のバス停でバスを待っていたのだが、丁度そこに「やって来た」のである。先方が先に気付いたようで、満面の笑みで近寄ってきた。一本の回廊で偶然巡り合うようなものである。

そうなると不思議なもので、瞬間的に現在の自分が40年近く前の自分に戻っていく。立場や責任を超越して、小学生の自分に戻るのだ。その時出会った笑みはまさしくあの時の笑みなのだ。タイムマシンに乗って時空を旅するようだ。

関西方面のヨーガのために一週間程滞在する期間に起こったことなのだが、時間的にも空間的にもすごい偶然、確率で起こった珍事だった。他にも京都滞在中に同様の珍事が2件ほど起きている。

巡り合わせというのか、一瞬でも時間がずれていれば、このようなことは起こらなかったに違いない。振り返ると、師匠とのご縁も然り、タイミングが合わなければ、起こり得なかったことは案外と多い。まさに日々は巡り合わせの回廊のようだ。

このように考えると、今まで頂いたご縁は、このような一瞬の迎合によってもたらされたのであろう。もちろん、このような迎合がよく作用する場合ばかりとは限らないが、そうであっても、何らかの意味があるのかもしれない。

今年も残すところ5日ほど。頂いたご縁は大切に、今年を送って新年を迎い入れよう。また新しいご縁が広がるに違いない。

床の間

床の間
みなさんのお宅には床の間はありますか?
最近は住環境の変化からか、床の間がない場合も多いようです。居住空間の効率を最優先に考えると、床の間ではなく、押入れやクローゼットにした方が便利なのかもしれません。

私が生まれ育った京都の家には、床の間がありました。その部屋は六畳間でしたが、幼かったからか、非常に広い部屋だったという記憶があります。京間だったからかもしれません。その床の間は、幅は一間、奥行きは三尺、
ちょうど一畳の広さがある板間で、掛け軸と茶器が置いてありました。
今思うと、この床の間を見て育ったことも非常に有益だったと思います。これを見ずに幼少期を過ごしたら、ずいぶん違った育ち方をして、また違った自分になっていたかも知れないと思います。

床の間は神聖なところで、立ち入ることを禁止されていて、無断で立ち入った場合には、叱られたものです。みなさんのお宅の和室にもしなかった場合をイメージしてみてください。ある方は、「気の抜けた座敷」と表現され、他の方は、「締まりがない」、「自分より上のものがない感じ」とおっしゃてました。みなさんは如何ですか?
床の間があるだけで、空間にゆとりがうまれ、宇宙的な広がりが出てきます。空間が神聖になり、効率優先の部屋から特別な部屋に変わります。そんな感じはしませんか?

日本には様々な「間」があります。床の間は生活における「間」で、その他に芸術における「間」、武道や礼法における「間」など、私たちのいろいろなところに「間」が生きています。単純に時間的だとか空間的だとかで割り切れない「間」がとても大切にされていて、「間」がないと、「間抜け」になり、何かしらの不足を感じるものです。

このような「間」は、日本人固有の、独特な感性だそうです。例えば、お寺の鐘の音と次の音の間(あいだ)にある「間」は、単純に間(あいだ)ではなく、その「間」に様々なものを含んでいて、無限の広がりを感じることができます。

このように、私たちが呼吸をする際にも、入息と出息の間(あいだ)に時間的とも空間的とも単純に割り切れない「間」があることで、心にゆとりがうまれ、宇宙的な広がりを体感できます。呼吸が神聖なものとなり、心は深化し、瞑想に耐える気に満ちた特別な呼吸に変わります。

「間」とは、そういう不思議なものなのです。呼吸だけでなく、様々な生活の一部に「間」を見出せるようにしてみませんか。きっと素晴らしい時空が広がってゆくことでしょう。

お彼岸

お彼岸の3連休もおわり、お中日も過ぎました。この間にお墓参りされた方も多いのではないでしょうか。暑さ寒さも彼岸まで、というように、酷暑だった頃を忘れてしまうかのように、朝晩はめっきり涼しくなりました。
金木犀20130923
ここ数日来、比叡山では金木犀がほのかに香り始めました。金木犀の香りは、何故か香りだけでなく、心底深く心で感じる香りです。

お彼岸は仏教行事ですが、インドにも中国にもない、日本にしかない独特なもののようです。燃えるような暑さの夏が過ぎ、空の色も少しづつ深まるこの頃、金木犀が香り、曼珠沙華が咲き出すような、ゆたかな季節感があることも関係しているのでしょう。

お中日を中心にして六波羅蜜の修行を前後3日間行じ、先祖供養も行うという、とても大切な行事で、休日が本来の目的ではありません。前3日間は、布施(ふせ)、持戒(じかい)、忍辱(にんにく)を行じ、後3日間には、精進(しょうじん)、禅定(ぜんじょう)、智慧(ちえ)を実践する。今日からの残り3日間はまさにヨーガの実践の核心部分でもあります。
彼岸花2030923 (9-)
私たちは、ご先祖様の方々の最先端、私たち自身もご先祖様の末席に位置しています。
以前のブログに書きましたように、10世代で2046人、20世代で209万7070人という膨大な数のご先祖様が私たちの中におられるのですから、ご先祖様は私たち自身のすべてです。

自分の中におられるすべてのご先祖様に感謝を込めて、残り3日間の波羅蜜の実践、ヨーガを行いたいですね。
→ :「自分の内に宿る20億人のご先祖様」

風に吹かれて

真夏の酷暑も過ぎさり、心地良い風が吹き抜けるようになってきた。
今日は、久しぶりに自転車で駅まで出かけた。朝の風が気持ちいい。約25年ほど前に関東に住み着いた頃は、山が見えない事に大いに驚き、寂しさを感じたものだ。如意ヶ嶽・大文字山の麓で生まれ育った身にとっては、一大事件だった。
9月9日朝 (6-)
でも、武蔵野の大地・埼玉に住まうようになって、空の広さを感じられるようになった事は、それまでにない感動でもあった。
さて、そういう広大な空を見上げ、農作業をする人たちを脇に見ながら、風を感じ、自転車をこいでいる。
犬と散歩する人、出勤する人たちを過ぎるとすぐに、いつも通る森林が見えてくる。まさに樹のトンネルで、ここはいつ通っても心地良い。

DSC_0001--夏の名残の百日紅や蝉の鳴き声は、すでに草間から聞こえる秋の虫たちにまぎれていた。目の前には、栗林。ずいぶん実ってきた。埼玉には栗林が多く、あちらこちらに見られる。

今、国道17号線を横断しようとしている。左(南)へ行けば東京へ、右(北)へ行けば新潟へとつながっている。交通量が多く、さすがに空気が悪い。空気の良さ、普段気がつきにくい、こうした「普通」がいまや稀有なものとなってきた。ここを渡ると間もなく、中山道だ。

宿場町といっても、近代的な建築がほとんどである。そんな中に、江戸時代のものらしい意匠の建築も多少残っている。大事にして欲しいものだ。
効率や耐震性を考えると、近代的な建築が優っているのだろうが、いわば、要領の悪そうな、味のある時代を感じるものも大切にしたいし、して欲しい。
と、思っていると、駅に着いてしまった。
さて、これから都内の朝のヨーガに向かう。

季節のうつろい

今年の夏も暑かった。いや、まだまだ暑い残暑が続いている。
だが、多くの人も感じるように、少しずつ、季節のうつろいを感じるようになった。

空の色や雲の高さ、陽の射す角度が変わったからだろうか、地面に映る影が長くなってきたように思う。そういえば、蝉の鳴き声が変わりそして、今朝は、ほとんど鳴いていなかった。朝晩もめっきり涼しくなった。

五感で感じるすべてのものに、季節のうつろいを感じることが多くなってきた。昨今、四季がなくなったというものの、日本にはまだまだうつろいを感じる季節感が残っている。この季節感は、私たちのこころを豊にし、いのちを感じさせてくれるものだ。
秋のみのり投稿用
太古より、我々の先祖たちが四季を感じて育んできた感性が、気血、DNAを通して、幾重にも重なって私たちを築き上げている。

季節のうつろい、夏を乗り過ごして秋を迎えようとする今日は、まさに収穫の時。みのりがまた私たちを育んでいく。
こうした季節のうつろいを愛でることができるのは、日本人にのみ備わった独特の感性なのだ。

秋は私たちをゆたかにする季節なのだ。

アスニーセミナー~読売新聞取材記事より

アスニーセミナー読売取材京都アスニーで開催されているアスニーセミナー「雄弘ヨーガの実践セミナー」に取材が入ったときの記事です。
発刊日ははっきりしませんが、10年以上前の記事です。読売新聞に先代のセミナーでの研修風景が大きく掲載されました。
現在でも、アスニーアトリエ「雄弘ヨーガ」として続いています。
http://web.kyoto-inet.or.jp/org/asny1/koza/k-atelier.html

脚下照顧

IMG_4029--
今日は師匠であり父である、番場一雄・先代雄弘師の祥月命日で、丸10年が立ちました。あっという間の時間でした。

先日京都を訪れた際には、墓前と祭壇前で雄弘ヨーガを育てて頂いた感謝を込めて、読誦させて頂きました。

師匠を思う気持ち、先祖を思う気持ちなど、お世話になった方や家族、仲間を思い続ける気持ちは大切ですね。思い出すということは、その方が、自分自身の中に生き続けているということです。

現実ばかりを見ていると忘れがちですが、「脚下照顧」、自身を省みて足元を正しくすることはとても大切。なにかの折りには、心を鎮めて手を合わすことを忘れないでいたいものです。

生命の神秘~インド菩提樹~

ナーランダー菩提樹比較-
去年、震災復興祈願として、仲間とインドを訪れた。

そこで立ち寄ったナーランダーには、1999年3月に師匠である父と訪れた際に一緒に写真を撮った大きな菩提樹があったのだが、昨年訪れた際にも、同じ場所に立っていた。「あの時の菩提樹がここにある!」と、いたく感激したものである。

そして数日後にブッダガヤの金剛宝座で行った震災復興法要、この時も菩提樹の力、エネルギーを強く感じ、こういうことがきっかけとなって、「インド菩提樹」を育てたい、と思うようになった。それから、必死に入手方法を調べ、とあるご縁を頂いて、我が家に鎮守としてやってきた。
震災復興法要(於:マーハーボーディ寺院・金剛宝座)の動画はこちら
菩提樹株分20130418 (1-)
インド菩提樹は熱帯性なので、露地植えすると冬には枯らすことになるので、鉢植えのままだ。
いろいろと気遣うことは多いが、インド菩提樹(クワ科イチジク属)は日本の寺院にある菩提樹(シナノキ科シナノキ属)とは異なり、交配なく挿し木で子孫を増やすことができる。
落葉前の3月頃に枝を切り落とし、水に刺しておくと自然と発根し、それを植木に植えると子株ができるのだ。

昨年、自宅でやってみて見事越冬し、今年はさらに大きくなった。去年の株分け-根付いたこんなに簡単であれば、と思い、今年は多くの子株をつくった。そのうち何株かを仲間に育ててもらおうと、嫁がせたが、事はそう簡単ではなかった。

自宅用にと作った子株は全滅し、嫁ぎ先でも何株かは枯れてしまったという。あるものは無事育ち、またあるものは残念ながら枯れてしまった。これは一体どういうことなのだろうか。人知を離れた何かが働いているように思えてならない。

もっとも、素人がやっているわけだから、仕方のないことは承知しているのだが、そこにはどんな秘密、真理が隠されているのだろうか。そう思いつつ、今年もインド菩提樹を眺めている。

化野念仏寺(あだしのねんぶつじ)を訪れて

先日、京都滞在中に化野念仏寺に行ってきました。
化野念仏寺 (32-)
京都市北西部の嵯峨野一帯は、私の大好きなところ。
美しい大自然に囲まれ、歴史情緒あふれる都会の喧騒を離れた静かな地域です。
大覚寺・大沢池、広沢池あたりは、年に何度も足を運んでいます。
そのさらに奥まったところに、化野念仏寺はあります。
化野念仏寺 (12-)
この地は、古来より葬送の地で、初めは風葬であったのが、後世になって土葬となり人々が石仏を奉納して供養されたそうで、京都盆地がはるか彼方に見える奥地です。

そういう歴史からか、俗世間とは別世界の鎮まりを感じます。
時間を顧みずに、鶯などの小鳥のさえずりや蝉の鳴き声、竹林のさざめきを背景に心静かに瞑想するのには、最高の環境です。
化野念仏寺 (6-)
御本尊の阿弥陀如来像(伝湛慶作)も素晴らしいですが、石の阿弥陀三尊や8000体とも言われる石仏・石塔には、古来より続く人々の信仰の深さを感じます。
インド・サンチーのものと同型のストゥーパ、鳥居型のトーラナもあり、これらを見た時には「ハッ!」とインドを感じました。
化野念仏寺 (9-)

感性を磨くのに素晴らしいところですが、眼を釘ずけにされたのが、本堂に貼ってあった次の教え書き。

「俗世間つもりちがい十ヶ条」

高いつもりで 低いのは 教養
低いつもりで 高いのが 気位
深いつもりで 浅いのは 知識
浅いつもりで 深いのが 欲
厚いつもりで 薄いのは 人情
薄いつもりで 厚いのが 面の皮
強いつもりで 弱いのは 根性化野念仏寺 (18-)
弱いつもりで 強いのが 我
多いつもりで 少ないのは 分別
少ないつもりで 多いのが 無駄

自分の姿が阿弥陀さんに見透かされたような、不思議な感じがしました。

そして、もう一句。
「子供しかるな来た道 年寄り笑うな行く道」
時間を作ってもう一度ゆっくりと訪れたい、そういう思いになりました。

螢~京都・銀閣寺界隈~

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久しぶりに蛍を見た。京都・銀閣寺界隈の疎水沿いには、今でもチラホラと見ることができる。
幼少の頃は、蛍を見るために京都市北方の大原まで連れて行ってもらったものだ。蛍をみるとそういうことを思い出す。
この時代、蛍を知らない、見たことのない人が多い。少しかわいそうな気もしないではない。

ゆっくりとした独特の周期で点滅を繰り返している。その「ゆらぎの周期」が、忙しすぎる世の中の時間の流れや目先の実利や効率を重視する手法とはみごとに対極にあるように思う。あまりにそちらに傾向すると、蛍も見えなくなるような気がした。逆にこの「ゆらぎの周期」さえ忘れなければ、自分を見失うこともないのではないか、とさえ思う。それほど私たちには、「ゆらぎの周期」が必要なのだ。

そんな時、蛍を今まで見たことのないという、女学生に会った。来春卒業して、社会に出ていくという。その前に、見にきたらしい。社会に出て、忙しい時にもまれていくだろうが、ホタルを見にきたこの時の気持ちと、始めて見た時の感動は忘れないで欲しい。