エクササイズ

いろいろなエクササイズがはやっていますね。
それは、身体を鍛える運動というような意味ですが、ヨーガをエクササイズと理解される方も多いでしょう。

エクササイズ的な身体の使い方は、筋肉を収縮させることによる筋肉強化が中心です。これは人の運動機能維持のためにはとても大切なことです。そして交感神経の働きを活発にします。そして筋肉の収縮によって関節を動かして運動となります。

それに対してヨーガ的な身体の使い方は、収縮して硬くなった筋肉を伸ばす方向に緊張させることによって最終的に弛緩をもたらし、身体のこわばりを取り除いてくれます。そして、副交感神経の働きが活発になります。その結果、身心両面が弛緩に向かい、関節の動きも以前より大きく、可動範囲も大きくすることができます。この点ではストレッチとも近しいものがあります。これによって、自分の枠を大きく越えた新しい自分を作ることができます。

ヨーガでも筋力強化などの側面がありますが、そのような実利的な側面は副産物と捉えています。あくまでも、心の解放を目指すのが目的なので、ヨーガ的動作もその手段という位置付けになっています。

注意が必要なのは、運動や各種エクササイズを行っていた方の場合、ヨーガをエクササイズの一種と理解される場合があることです。しかし、エクササイズだと交感神経系の実践となるので、身体的には活性化しても、心を静めたり、雑念を弱めたり、ましては瞑想とは逆方向に向かってしまいます。
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それを叶えるには、腹式呼吸を中心として副交感神経が活性するような、ゆっくりとした動作によって、弛緩に向かうヨーガ的な動きがとても大切なのです。日々の近視眼的な意識から解き放なたれるためには、遠視眼的な精神的指向性、思想も重要となってきます。これがヨーガの特徴です。
特に、呼吸の仕方を間違えるとヨーガではなくなってしまいます。写真のような体位もヨーガにもなりますし、仕方によってはエクササイズにもなります。

ヨーガはエクササイズではありません。
たとえ似た動作があっても、精神性や思想が異なる、まったく別のものと理解した方が混乱しなくていいでしょう。
きっと、エクササイズでは感じられなかった何かが見えてくるはずです。

70歳、80歳からはじめるヨーガ

立石さん卒寿20141111 (2)大阪なにわ研修会は、平均年齢が70歳を超えています。
ある日の年齢構成をみてみると、90代1人、80代5人、70代9人、60代9人、40代1人でした。年齢だけを見ると凄く高齢化しているように見えますが、みなさん凜とされていて、結構ハードな実践もこなされます。

みなさん「ヨーガをやってきたから元気なんです。ヨーガのお陰です。」と仰って頂けます。素晴らしいことじゃないですか?世間はどんどん高齢化がすすむとされています。そのなかで、ヨーガをやっていたから元気だといえるように、今、ヨーガをはじめてみませんか?

ヨーガを知らないままの自分と、ヨーガをはじめて5年後、歳は5つ重ねていても、今よりは若々しく元気な姿を思い描いてみてください。80歳になってからはじめられた方もおられます。雄弘ヨーガの講師には、介護デイサービスで高齢の方を中心にヨーガ指導されている方もいます。

重盛さん米寿20150128雄弘ヨーガは、呼吸法を非常に重視します。ムリな身体の動作はありませんが、ふにゃふにゃな実践ではなく、ちゃんとハリのある芯に響いた実践をします。これがみなさんの自信にもなっているのでしょう。

雄弘ヨーガは年齢にかかわらず実践できます。
高齢の方にこそお勧めしたいです。
是非、一度体験にいらしてください。
ヨーガでいつまでも若々しくありましょう。

以前のブログも参考にしてください。
卒寿のお祝い
米寿のお祝い

泥中の蓮

ハス・スイレン20150615 (12-)私は数年来、蓮の花を育ててきました。
インドの宗教史に深く関係しているだけでなく、見るからに清楚でしかも力強い蓮の花になにかのエネルギーを感じるからです。

そして、今朝、この夏一輪目の蓮が開花しました。『維摩経』に説かれるように、この美しい花は空気の澄んだ高原や安定した陸地では決して育たず、泥の中においてこそ凜とした茎を立ち上げて、私たちにこの美しさの力を与えてくれるのです。また、「蓮は泥より出でて泥に染まらず」という成句もありますね。

俗世の中にあって、しかも決してそれにまみれることのない聖なるものの象徴として、古来より崇められてきました。おそらく、私の中でも、その独特の華やかさ、人の心に和を与えるような力が不可思議な魅力なのでしょう。

蓮の花がもつ力のように、ヨーガの力を雄大に弘めるべく、精進しようと蓮の花を見てあらためて思いました。

穴を掘って深層に向かう

時折、子供の頃の自分の姿を思い出すことがあります。それは多分、虚弱だった幼稚園児の頃ではないかと思います。そののちそれが原因で、父(先代雄弘師)の勧めでヨーガを始めるようになりました。

生来身体の弱かった私は、土いじりばかりしていたような記憶があります。そして、庭の地面にスコップで穴を掘っていました。来る日も来る日も穴を掘っていた記憶があります。
その当時の意図はいまだにはっきりとしませんが、それに関して最近気がついたことがあります。

私には後に考古学的興味が育ってくるのですが、それもこの土いじりの感覚が関係しているのではないか、と思います。今でも、考古学的発掘には惹かれるものがあります。

平安宮造酒司跡

平安宮造酒司跡

考古学には、わからない未知の領域を発掘、探求して、目に見える形に提示していくという衝動があるのだそうです。その下には何もない、と思っていたところに何層にもわたってより深層のものが見えてきた時の驚き。そして発見。わからないものを解明していく時のロマンに人は心惹かれるのでしょう。

実はヨーガにもこれと まったく同じセンスが働いているように思います。ヨーガ、インド的瞑想の原型には、「私とは何か?」「本当の自分はどれなのか?」そういう目には見えない深層を明確にしたい、本当の自分と向き合いたいという内的探求の衝動があったに違いありません。
先日、NHKの「謎の都・飛鳥京発掘 ~よみがえる“水の都”~」という番組を見ていて、考古学者の方々の地道な発掘作業を見ていて、そのように思いました。

私の故郷 京都の町は、すこし掘れば過去の遺構にすぐにぶつかります。日々、過去の積み上げの上に生活しているのです。それは私たち自身にも同じことがいえます。遺伝的に積み重なったものもあれば、心の底に沈殿した個人的な業といえるものもあるでしょう。

DSC_0024-子供の頃から穴を掘るのが好きだったのは、そうした底を見てみたいという思いがあり、さらに心の奥底まで見ていこうとするインド的瞑想のセンスが働いていたのかもしれません。

水底深く茎を降ろす蓮のように、核心を掴もうとより下層へと向かう精神的方向性がインド的瞑想の原型であり、それは私たち誰もが持っている衝動なのにちがいありません。

ネパール、インド北部地震

つい先日旅をしてきたばかりの地が巨大地震に見舞われ、多くの方が被災されました。
謹んでお悔やみ申し上げます。

地質学的に、海底にあった地面からヒマラヤ山脈のような巨大な壁を押し上げるパワーの前では、なす術もないのかも知れません。

私たちは最近、「想定外」という言葉を多用する傾向が多いように思えます。科学の力で多くをコントロールしてきかに見える人間ですが、こういう超越的力もある事は忘れてはならない、と強く思いました。
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太古では超越的な力を「神」と表現しました。私たちのまわりには多くの神々の姿がありましたが、科学の力が神々を少なくしてしまったかも知れません。

いのちを軽んじる傾向を見聞きするたびに、目先の効率などにまなこが曇らされないように、信頼できる眼力を養いたいですね。

廻向の気持ち

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あれから4年が経とうとしています。
多くの悲しみがあり、改善されるべき問題点も時間が経つばかりで、
一向に解決しない模様を感じている方も多いでしょう。

3年前に石巻、女川、大川小学校跡を訪れ、心ばかりの回向をさせていただきました。
写真はその時のものですが、その後の復興も報道を聞く限りでは、なかなか進んでいないようです。

その時の気持ちを持ってインドの仏跡地で復興支援の法要をさせていただき、全くわずかな心ばかりの気持ちですが、仲間と表せたのは大変良かったと思っています。

明日、3月11日を迎え、月末には再度インドの仏跡地で復興支援法要を行うつもりです。

まず、明日、京都の仲間とと共に鎮魂と誓願を込めて過ごしたいと思います。

                     合掌

石巻で『般若心経』を梵語読誦(2012年3月21日)
廻し向ける(2012年3月11日)
東日本大震災から1年(2012年3月11日)

幸せへの祈りをこめて(2014年3月11日)

天下泰平 國土安全

DSC_0251現在私が居住する埼玉では、庚申供養塔を多く見かけます。この供養塔は、いつものとおり道にあるので、そこを通る度に目に入ります。

寛政五年(1793年)癸巳九月建立。でも実際はこの年は癸丑(みずのとうし)なので彫り違いですね。武州上尾村二宮講中とあるので、現在の上尾市上尾村二宮地区の信者さん達の建立だと分かります。

「天下泰平 國土安全」と刻まれており、戦乱がなく平和で、天災もない安穏を祈念した当時の民衆の気持ちが偲ばれます。その他、古来より、五穀豊穣、子孫繁栄、祖先崇拝、無病息災、安寧長寿、家内安全などの招福祈願、厄除祈念がなされてきました。
 
 
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ここを通る度に、こうした祈念の気持ちが想起されます。祈念を形にした塔や寺院は、おそらくそれが目的のひとつだったのでしょう。220年以上の時を経ても、その功徳は絶大だと思います。

ヨーガの実践には誓願が必要です。誓願があるからこそ行も成就に近づくといえます。誓願、祈りの気持ちは、今後も大切にしていきたいと思います。

米寿のお祝い

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雄弘ヨーガの仲間には、ご高齢でお元気にヨーガをされている方がたくさんおられます。

昨年の11月には「卒寿のお祝い」をお知らせしましたが、この度、米寿を迎えられた方がおられます。それが、こちらの重盛さんです。以前、体験談でも出て頂きました。
 

 
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20年近くヨーガを支えにして通って頂き、一緒に行じている仲間なのです。一時、体調を崩されたときもヨーガで克服されてきました。
そして、ヨーギーであるばかりでなく仏師でもあられ、以前、雄弘ヨーガの瑜伽観世音菩薩をイメージして観音立像を御寄進して頂きました。

このように、お元気でヨーガとともに歩む方が益々増えていくことが、我々の願いなのです。

謹賀新年

新年、あけましておめでとうございます。
本年も宜しく御願い申し上げます。

自在心2015モノクロ

「心自在にして光顔巍巍」

「自在」とは心を縛るものなく、全く解放されている様をいい、「光顔巍巍(こうげんぎぎ)」とは、お釈迦さまが、いままさに教えを説き始めようとする際、全身が喜び出し、姿が清浄であり、お顔全体が大きな光となっているような様をいい、特に「巍巍は」は徳の高く尊いさまを表しています。

「あーっ、自由になりたい」という思いは、誰にもあることと思います。このとき、私たちは自分以外のものに縛られているように勘違いしています。まわりに翻弄されて他に影響を受けている自分であることに気付いていないのです。

自在というのは、自分のより所を「自分のうちに在る」ようになった時の安堵感であり、その時はおのずと、姿は清浄で、眉間も広く自身が輝くようになることでしょう。

心を自在にできたときには、顔は光輝いて巍巍たる姿となる、というのです。

心を自在に導くのは、瞑想の力に他なりません。邪魔するものを排他的に取り除くという「自由」ではなく、呼吸法と瞑想によって、散らばった心をまとめ一境に住するものとしていくことが大切です。

こうすることで、自分の内に自分を取り戻し、翻弄されない真の自由、すなわち「自在心」を獲得できるようになります。「自在」とは、自分の中心軸を定めることであり、翻弄されない自分をつくりあげることなのです。

自分の芯を維持した本当の意味での自由、つまり、「自在性」こそが真の自由であり、その手段が瞑想力なのです。今年は、排他や逃避ではなく、瞑想力によってまわりに左右されない自分を目指す一年としてみては如何でしょうか。

あたらしい年を迎え、みなさまがからだ健やかに、「自在心」を獲得し、こころはゆたかで「光顔巍巍」に過ごせるように、祈念したいと思います。

                         平成二十七年 乙未正月元旦

 番場裕之直筆サイン切り貼り作成2015サイト用

古典ヨーガ~中世ハタ・ヨーガ~現代ハタ・ヨーガへ

以前のブログで、現代ハタ・ヨーガは古典ヨーガや中世ハタ・ヨーガとは直接関係のない、西洋的体操法とインド各種のヨーガの習合であることをお伝えしました。その歴史性、成り立ちに驚かれた方も多かったことでしょう。

今回は、それに関して別の次元から考えてみましょう。インドではヴェーダの時代の宗教観から後にウパニシャッドの時代を経て、ヨーガの思想が生まれたのは、それまでの思想や仕方に限界があったからで、必然性をもって生み出されたといえるでしょう。

22以降、瞑想を中心とした実践によって、至上の境地に至るヨーガの時代となります。その時代のヨーガは精神性をかなり重視していたので、身体技法はさほど進化しませんでした。

しかし、心を一点に集中させていく瞑想を効率的に行うには、祈念のみによる集中よりも、瞑想を力強く誘う手段が必要でした。そこで発達していくのが身体技法です。中世ハタ・ヨーガはこうした中で、古典ヨーガよりも身体観を劇的に進化させています。

その後、西洋列強による大航海時代、植民地時代を経て、西洋と東洋が出会うことになります。インドに出会った西洋人は、インドと西洋の言語の類似性に気づきます。少し話がそれますが、インド人の祖先と西洋人の祖先とは共通の民族だったので、言語も似ているのです。一番下の写真の牛のうなじに掛けられた横木を軛(くびき)といいますが、牛に軛をつけることがyogaの元となった動詞語根√yujの本来の意味です。この語が英語では”yoke”ドイツ語では”Joch”という形で残っています。
そして、西洋の身体表現とヨーガの身体観が習合して、新たなヨーガが生み出されました。これが現代ハタ・ヨーガです。つまり、共通の先祖から生み出されたインドのヨーガと西洋の体操が時を隔てて再度出会ったということなのです。

33古代インドの時代からの精神文化史を眺めると、ひとたび新しい思想潮流が起こると、それ以降は、すべて新しい思想に強く影響されて、取り込まれていくという傾向があります。

例えば、古代において起こったヨーガ思想によって、精神性の探求が深められ、瞑想=ヨーガが修行の中心となります。その後、タントリズムの興隆と前後して身体技法が発展し、中世ハタ・ヨーガの身体技法はイスラームやヨーロッパ東部のキリスト教にも取り入れられます。現代ハタ・ヨーガが興ると、ヨーガといえばすべてダイナミックな身体技法の影響を受けます。こういう歴史の繰り返しでした。

OLYMPUS DIGITAL CAMERA古典ヨーガも中世ハタ・ヨーガもその原初的なあり方は残っていないので、次世代のヨーガのなかにしかヨーガは残っていません。現存するヨーガにこそ、ヨーガの心を見出すことができるのです。

現代ハタ・ヨーガが西洋思想のもとにできたものと聞いて驚かれた方も多いでしょうが、今となっては、現代ハタ・ヨーガの中にこそ古典ヨーガも中世ハタ・ヨーガも見出すことができるのです。

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※現代ハタ・ヨーガの成り立ちについては下記の論文が参考になります。
・石井昌幸、永嶋弥生「現代ヨーガの誕生~身体文化におけるグローバルとローカル」『体育の科学』 62(5), pp.349-354, 2012
・伊藤雅之「現代ヨーガの系譜~スピリチュアリティ文化との融合に着目して」『宗教研究』84(4), pp.1255-1256, 2011 PDF by Cinii
・伊藤雅之「現代ヨーガとスピリチュアリティ」『アジア遊学』(84), pp.154-165, 2006