「ヨーガ派の瞑想〜一境集中への架け橋〜」シンポジウム報告

シンポジウム「精神性に与える瞑想の効果」1
去る11月29日、東洋大学国際哲学研究センター主催のシンポジウム「精神性に与える瞑想の影響」の日が開催されました。雄弘ヨーガ関係者の方もその中に1割ほど来ていただき、遠くは高知からも聴講に来られました。力強い応援の中で発表させていただきました。以下に、私の発表内容の概略を記しておきます。

◆ヨーガの瞑想
インドの瞑想について、特にヨーガ派の瞑想の手段について、述べさせて頂きます。
古典文献に記されたヨーガを現代社会に反映するのが、実践者としての立場なので、旧来の伝統的解釈に縛られないで実践的解釈をしたいと思います。

そもそも、瞑想の概念は多様であり、背景となる思想によって様々な瞑想が存在していたし、現在もそのようになっています。
実際、『ヨーガ・スートラ』にもいくつかの異なった体系の瞑想が入り込んでいます。

瞑想すなわちヨーガが、ウパニシャッドの中で説かれるようになる紀元前から、『ヨーガ・スートラ』の完成とされる五世紀ころまで、約千年ほどの時間差があり、その間に様々な瞑想観から影響を受けたものと考えられています。

『ヨーガ・スートラ』には、おもに三種類ほどの体系が説かれています。
『ヨーガ・バーシャ』という註釈が最高の瞑想と伝える無想三昧とその前段階とされる有想三昧、仏教の影響を強く受けて取り込まれたとされる有種子三昧・無種子三昧、そして、ウパニシャッド由来の特徴を強く残した八支、ヨーガ・アンガで示される、凝念・静慮・三昧の体系です。

その短さ故に、『ヨーガ・スートラ』単体での理解が困難で、註釈を活用するという手法をとるのですが、その際、註釈の思想に影響されるということからは逃れられないところがあり、瞑想も様々に解釈されていて絶対的な見解がないことから、その内容については、今ここでは触れないでおきます。
瞑想シンポジウム小
◆瞑想の手段
『ヨーガ・スートラ』には、瞑想に至る具体的手段もいくつか示されていて、自在神祈念、読誦、行事ヨーガについては、三昧乃至は無想三昧の手段とはっきりと記されています。
その他、瞑想の手段と明記はされないものの明らかにそのように理解できるものが、坐法、調気法などです。

坐法は今日的な体位法ではなく座禅に近いものです。坐法の完成には座が堅固に定まるだけでなく、サマーパッティという瞑想の手法が不可欠であるとされています。『ヨーガ・スートラ』の調気法の目的は、日常の心情を反映した乱れた粗い呼吸をなくすことです。乱れた粗い呼吸は三昧状態の心には起こらないものなので、呼吸が丁寧に調えられれば、三昧に近づくことがわかります。

これら三昧の手段のうち、読誦、坐法、調気法は身体感覚としての内部的な刺激をともないます。読誦の場合は声を発することによる振動やバイブレーションと呼吸を伴います。坐法は座を組んだり姿勢を正すことによる刺激があり、ハタ・ヨーガの体位法のようなダイナミックな実践になると、その刺激も増大します。調気法は呼吸の実践なので、息の流れる感覚や腹部・胸部の動きによる内部刺激を伴うのです。

この刺激がしっかりと把握できるようになると、気が多く散乱していた心がその感覚に自ずと縛り付けられて、否応なくその感覚のみを捉えて、ひとつの対象に心が固定された集中状態になるのです。

調気法、特に、入息も出息も鼻で行うヨーガ式の鼻孔呼吸の呼吸の場合は、その効果も特別なものとなります。呼吸を酸素と二酸化炭素のガス交換と単純なものと理解した場合は、出息については鼻呼吸も口呼吸も大差はありません。しかし精神的影響、気のエネルギー、プラーナなどを合わせて理解すると、鼻孔呼吸は重要な意味を持ってきます。

◆鼻孔呼吸の意味
鼻腔の中には三段の仕切りがあって、それぞれ下から下鼻甲介、中鼻甲介、上鼻甲介といいます。息が日常の心情を反映した乱れた粗く速い呼吸であれば、息は下鼻甲介を通ります。しかし、繊細に調えられた長い息の場合は、上鼻甲介を通ります。上鼻甲介には嗅覚神経が密集していて、そのすぐ上が脳になります。
嗅覚
このように繊細な出息をすることで、嗅覚神経を刺激することとなります。嗅覚神経を刺激すると副交感神経が活性され、興奮気味の心も沈静し、瞑想に必要な準備を調えることができます。

また、上鼻甲介や嗅覚神経を刺激した際の独特の感覚は、まさに身体感覚としての内部的刺激そのもので、散乱していた心であっても、否応なくその感覚のみを捉えて、ひとつの対象に心が固定された集中状態、つまり凝念となるのです。

凝念を深めて、同じ感覚から心がぶれなく集中できると、静慮、そして三昧へと瞑想の段階を登ることができるのです。古代のヨーガ行者たちは、この感覚を気のエネルギー、つまり、プラーナだと捉えたものと考えられます。

瞑想自体はとても大きく深い実践ですが、入口はこうした内部刺激への集中から始まります。まずは、ゆっくりとした腹式呼吸によって、長い出息を心掛けて、上鼻甲介と嗅覚神経の刺激に集中することで、雑念がなくなり、心がひとつの対象に定まった心一境性に至ることができます。

5分位の実践から始めて、心のもやもやをスッキリしてみましょう。

卒寿のお祝い

立石さん卒寿20141111 (1)
雄弘ヨーガの仲間の最高齢は90歳の方です。

先日、ヨーガの後にみんなでささやかな卒寿のお祝いをさせていただきました。

ひとりで月3回通われていて、とても明るく元気でいらして、みんなの憧れの的になっています。

立石さん卒寿20141111 (2)
この「なにわ研修会」には80歳代の方がその他にも大勢おられます。

これがヨーガの凄さなんですね。

ヨーガに年齢なんて関係ない!そういう方が益々増えるのも楽しみのひとつです。

瞑想

P1030288-2014/11/04放送の「首都圏ネットワーク」(NHK総合テレビ)で、瞑想のことが取り上げられていました。

フィットネス効果が期待できるとして、広まったヨーガですが、本来は確たる自分自身を見出す瞑想が原点です。

呼吸を意識する、身体感覚の一部に集中するなど、内部的な感覚に集中することからはじめるのが入りやすく、誰でも容易に始めることができます。

1日5分程度からイスに腰掛けて軽く目を閉じ、自身の呼吸を観てみる。そんなところから、はじめるのも良いですね。最初は雑念一杯ですが、雑念にとらわれずやり過ごしていると、自ずとこころが静まってくるのを感じるはずです。

呼吸瞑想法、はじめて見ませんか?

広がる“瞑想”の可能性
http://jcc.jp/news/8916363/

瞑想のシンポジウムも是非、御来場ください。
https://yukoyogayogin.com/blog2/?p=1457

インドのヨーガⅤ〜日本的感性のヨーガ〜

雄弘色紙画像修正版私がインドのヨーガだと思っていたものが、実は100年程度の歴史であり、古典ハタ・ヨーガと西洋的体操法の混交ということを話してきました。

では、私たちが行っているヨーガはどういうものなのでしょうか?やはり体操なのでしょうか?

結論からいうと、雄弘ヨーガはダイナミックな現代ハタ・ヨーガのアーサナをひとつの手段とした、呼吸を重視した静的な禅ヨーガなのです。それは佐保田鶴治祖師がヨーガ禅と表現されたことと、お寺出身である仏教者でありながら、インド学者、思想家であったということが、自ずとその出自を語っています。

また、これが重要な点なのですが、日本には古来より仏教の伝来に伴うなう内面的(スピリチュアルな)実践がありますが、密教や禅も、本来はインドのヨーガに起源するものです。鎌倉時代以降に民衆に近づいた仏教のお念仏やお題目も元々は古代インドのマントラに由来する実践作法です。

日本人は古来より仏教に触れることによって、精神面をゆたかにし、文化を構築してきたという歴史があります。こういうことから、仏教を通したヨーガ的行法、感性が根付いているともいえます。弓道や茶道にも禅的要素が強く入っていることを考えると、日本人は知らず知らずにヨーガの空気の中にあったといえるでしょう。

また、雄弘ヨーガの創始者である先代雄弘師(番場一雄師)は、先日亡くなられたB.K.S.アイエンガー師とは深い信頼関係にあり、現代ハタ・ヨーガの影響を強く受けてますが、雄弘ヨーガは欧米経由のヨーガではなく、インドからいわば直接的に伝来されたヨーガが基本となっています。

西洋経由のものだと、その影響をより強く受けることになると思いますが、雄弘ヨーガは日本の伝統文化という素地の上に、インドから直接にヨーガを導入してまとめられたものです。

これらを整理すると、雄弘ヨーガとは、①自分を見つめて真の自分の姿を見出し、絶対的な解放を目指すというインドの古典ヨーガ(『ヨーガ・スートラ』のヨーガ)の思想を中心として、②後世の古典ハタ・ヨーガの思想と実践、③さらには、現代ハタ・ヨーガにみられるダイナミックな実践を統合して取り入れて、④日本人の感性に合うように仕上げられた日本的なヨーガだということです。

次回は、雄弘ヨーガの音楽性について記したいと思います。

インドのヨーガⅣ~古典ハタ・ヨーガと西洋的体操法の混交~

Kaivalya Dhama今までのブログで、原始ヨーガから現代ハタ・ヨーガの流れを大まかに見ました。そしてその成立には西洋の体操が関わっていて、歴史も100年程度だということを見てきました。

現代ハタ・ヨーガは、こうしたヨーガの長い歴史のなかにあって、西洋的体操法の要素が加わってできたもので、そこには当時の社会情勢が深く関わっているのです。ヨーガは体操ではない、と思っていた方も多いかと思いますが、東洋の叡智であるヨーガと西洋的体操法の混交によってできたものだったのです。

ヨーガが「インド発祥の、、、」と思っていた方にとっては驚きを隠しきれないと同時に、ある意味、かなりショッキングなことでしょう。この事実を知った時、私もかなりのショックを受けました。でも同時にとてもすっきりとしました。(写真はカイヴァルヤ・ダーマ・ヨーガ研究所の図書館。背後の本棚には、先代の著書がすべて収められています。)

現代ハタ・ヨーガは、19世紀末から20世紀初頭にかけて、徐々にできあがりました。直接的には、後にカイヴァルヤ・ダーマ・ヨーガ研究所の創始者となるスワーミー・クヴァラヤーナンダ師とクリシュナマチャリヤ師という人たちが別々に創り上げられていったとされています。

時代の要請もあって、強い国家を作るのには強い国民が必要ということで、YMCAなどを通じてヨーロッパの体操法が輸入され、国民教育に使われたのです。それが次第にインドの体操法や古典ハタ・ヨーガの浄化法などと習合されて「ハタ・ヨーガ」の名前で体系だてられたのが「現代ハタ・ヨーガ」です。

私がインドのヨーガに対して持っていた、動作の速さ、アーサナ完成時の拍手、古典文献にアーサナの名称が見出せないなどの疑問の答えはここにあったのです。古典ハタ・ヨーガと西洋的体操法の混交といえば全て辻褄が会います。

では、私たちが行っているヨーガは体操なのか?この辺については、次のブログで、、。

インドのヨーガⅢ~原始ヨーガから現代ハタ・ヨーガ~

前回のブログで、私たちのヨーガは「現代ハタ・ヨーガ」といわれるもので、その歴史はおおよそ100年だとお伝えしました。その話をすすめる前に、ヨーガの大まかな歴史に触れておきましょう。デリー国立博物館 「ヨーガ印章」

ヨーガの原型ができあがったのは、ウパニシャッドにヨーガの記述が見えるようになる紀元前6世紀ころより以前だとされ、これは原始的なヨーガの時代です。ヨーガが生まれる前は、呪いや祈りが中心でしたが、その後にこころの探究をするヨーガがうまれました。ブッダ(覚者)となったお釈迦様も実践された瞑想重視のヨーガの時代です。
(画像はインダス文明の考古学的遺物で、ヨーガの坐をあらわしているといいますが、詳細はよく分かっていません。)

その1000年ほどのちに、古典ヨーガ体系の『ヨーガ・スートラ』が成立します。
さらに、500年ほどの時間をかけて、ゴーラクシャ・ナータが創始された身体技法の発展した古典ハタ・ヨーガの体系がまとまっていきます。
このふたつのヨーガは別種の体系なので、影響を与えあったとはいえ、古典ヨーガが古典ハタ・ヨーガになったというわけではありません。時を隔てて、あらたな別のヨーガが成立したという意味です。

私たちが実践しているヨーガはこのハタ・ヨーガ系なので、その歴史は1000年以上という風に理解されている方も多いようですが、前回お話ししたように、実はもっと新しいもので、その歴史はなんと100年程度なのです。

太陽礼拝の体位に象徴されるアーサナを重視したヨーガは現代ハタ・ヨーガといわれ、全く別の意図の元に体系だてられたものです。ハタ・ヨーガに特徴的なダイナミックな身体技法ですが、その成立には、西洋の体操が関わっているというと、ますます驚かれるでしょう。

続きは次のブログで、、、。

インドのヨーガⅡ~ハタ・ヨーガの歴史~

前回のブログで、ヨーガの来年歴史観になんらかの誤解があった、とお伝えしました。比較的最近発表された内容なので、おそらく、この歴史的事実を知る人は少ないと思います。リシケシの行者

それは、私たちが知っているハタ・ヨーガの歴史についてのことなのですが、皆さんは、ハタ・ヨーガはどれくらい古いものだと思われますか?1000年?2000年?。少し詳しい方なら、10〜11世紀ごろのゴーラクシャ・ナータが創始されたので、おおよそ1000年以上と言われるかもしれません。

それはいわば「古典ハタ・ヨーガ」といわれるものの起源ですが、われわれがいま実践しているハタ・ヨーガは、それに対して「現代ハタ・ヨーガ」といわれるもので、その研究によると、その起源は、おおよそ100年です。

私たちのヨーガの直接の先祖から数えて、わずか100年程度の歴史なの?と驚かれる方も多いことでしょうし、にわかには信じがたいと思います。でも、身体技法であるアーサナを重視したハタ・ヨーガが体系だてられたのは、日本でいう昭和の初期頃です。それに先んじて19世紀後半頃からこの動きが出てきます。オリンピックが始まったのは1896年ですから、大体その頃に現代ハタ・ヨーガの潮流が起こりはじめます。

それ以降のことは、次回のブログで…。

インドのヨーガⅠ

インドに行くとほんとうのヨーガを見つけられる、ヨーガを学ぶにはインドが最適だと思われている方も多いと思います。実際、インドでヨーガに触れると大きな発見をすることが沢山あります。なんといっても、ヨーガの故郷ですから当然です。

インドのアシュラムと交流することもあるのですが、そこでアーサナを拝見するととても驚くことがあります。ひとつは動作がかなり速いということ、もうひとつはアーサナの完成を目指す傾向が強く、アーサナが完成した時には拍手する習慣があるということです。

もっとも、すべてのアシュラムがこうだとはいえませんが、比較的こういう風に感じることが多いのです。私はヨーガは身体的な作法を通じて行う内面的な実践だと思っているので、これには正直びっくりしました。

「これがアーサナ完成ですよ」と目配せれ、なんとなく拍手しないといけない?という雰囲気になったこともあります。

ずっと以前から、このふたつには、どうも理解できず、頭のなかはいつも??でした。おそらく、私の知らないなんらかの特別な理由があるのだろうと、長年そう思ってきました。

DSC00234さらに、私たちもよく行う太陽礼拝の体位、ハヌマーンの体位(縦開脚)などは、サンスクリット古典文献には一切記されていません。それも大きな疑問だったのですが、それらの理由が最近になってやっとわかりました。

とてもスッキリしたとともに、その理由にとてもショックを受けたのも事実です。

 

一言でいうと、私が認識していたヨーガの歴史観に誤解があったということです。

この内容については、雄弘瑜伽大学・名古屋(9月7日)、雄弘瑜伽大学・大阪(9月13日)に詳しくお話しします。

次回ブログ(9月15日ころ)でも続きを書きたいと思います。

お盆

もうすぐお盆ですね。地域によってお祀りの仕方は違いますが、ご先祖様のご供養をされることと思います。家にご先祖を迎えお祀りする仏教と民間信仰の習合した行事といわれています。

私が生まれ育った京都では、お盆は13日〜16日の間で、13日に先祖の霊を迎えす迎え盆、16日に先祖の霊を送り出す16日を送り盆としています。16日には京都五山の送り火があります。

お盆時期に合わせて、今朝、二輪の蓮が花開きました。ささやかな供養の気持ちです。
ハス20140812 (2-)ハス20140812 (1-)

 

 

 

 

2012年2月22日のブログで、ご先祖様の人数を数えてみるという試みを行いました。大仏教学者で実践者でもある玉城康四郎先生のいわれたことですが、それによると、

私ひとりの内に両親というふたりの先祖がおられます。そして、その両親、そしてまたその両親と辿っていくんですが、10代(約300年)遡れば、2,046人、20代(約600年)で2,097,110人、30代(約900年)で2,147,483,646人となります。そこには、なんと20億人!のご先祖様が実際におられたことになります。

実際はそれ以上の膨大な先祖の記憶が、私たちひとりひとりの記憶の底にに宿っていることでしょう。

でも、我が強すぎるとそれが蓋になって、自分自身だけでなく、ご先祖様も見えなくなり、力も頂けなくなってしまいます。ヨーガをとおして自分に宿る先祖様を供養し、身体の隅々、心の隅々を意識に上げられるようにする。ご先祖様にふれて、今、自分のあることに感謝したいですね。

今年の夏は四国の長雨、台風11号、関東の猛暑など、多くの被害が出ました。そういう方々のためにも、お盆は大切にしたいものです。

祖先の華~続編~

先日のブログ「祖先の華」をもう少し。
3年前から育てている古代蓮も、1年目は立ち葉自体が非常に弱々しかった。2年目の春先に古い根の掃除をしないといけないということを知り早速やってみたが、1年目よりは元気になったものの芽が出てくる気配はなかった。
近隣の蓮池を管理している方に相談して、ひと鉢に入れる蓮根が多すぎることを教わった。今年、根を掃除をする際には、ひと鉢に蓮根1本とした。

しかしながら、なかなか反応がなかった。あまりにもつぼみが上がらないので、「立ち葉を楽しんでいる!」と勝手に言い聞かせて、待っていた。今年の夏は正念場、3年目の夏だ。その蓮につぼみが上がりはじめた。そして、今朝、開花である。ハス20140716JPG (1ー)

古代蓮にこだわるには、それなりの理由があったのだ。懐古主義ではないが、歴史のロマンを感じる、というのもひとつの理由ではあるが、数ある古代蓮のうち、私のこだわりは埼玉・行田の古代蓮である。

埼玉県北部の行田市、映画『のぼうの城』の地域である。このあたりは私の太古の祖先の住まった地区であり、忍城はその舞台である。当時の分限帳に先祖の名前が見えたりすると、自分の根源に触れるようで何とも言えない安堵感がある。自分がどこから来たのかという出自を知ることは、今後の自分の針路を知る上でもとても大事なことだと思う。

元禄10年(1697年)のものが最も古い墓碑だが、その分限帳は戦国時代真っ直中の天正10年(1582年)のものだ。血脈の伝承や『地誌』から察すると6世紀頃にはこの地区に住まっていたらしい。今でも祖先の苗字と同じ地名が残っている。

その地域の造成の際に古代の地層から自然発芽したのが、行田の古代蓮である。おおよそ1400年~3000年前の原始的な形態を持つ蓮であるという。つまり、当時の祖先たちも見ていた蓮を時を超えて見ることができるのである。この3年は古代の先祖へ出逢う旅路のようであったように思う。会ったこともない祖先に思いを巡らせて辿るのは、まさしく供養に他ならない。古代蓮を育てながら祖先と出会うのを待ち続けていたともいえる。ハス20140716JPG (19ー)

その他にも理由はある。ヨーガに携わり、仏教や日本人の心情を理解しようとする私にとっては、とても神聖な華だ。チャクラも蓮であらわされるし、坐も蓮が絡む。極楽浄土には蓮池があり、香しく香っているという。そして、この淡いなんとも言えない独特の風合い、色味がその神聖さを倍増させているような感じがする。

『ウパニシャッド』では眼球を反転させて内面を見よという。現前の世界だけに目が惹かれる昨今、五感を超越して内面を見ることは極めて大切なことだ。現実的、実利的な傾向が強いなかで、まったく別の方向性を持って思考することは、極めて大切だと思う。

そして、これがヨーガの本来のありようなのだから、、、。