世界的に有名なヨーガ指導者のB.K.S.Iyengar師が、20日、インド西部マハラシュトラ州プネの病院でご逝去されました。95歳でした。
先代も若い頃のインド滞在中に直接指導を受けて、多大な影響を受けました。私も2001年12月26日には再度お目にかかれて、ヨーガ談義をさせて頂いたことを思い出します。
ご逝去にあたり、心よりご冥福を祈念致します。 合掌。
尚、ご逝去の詳細については下記をご覧下さい。
http://goo.gl/GGc1gG
http://goo.gl/nZEU3L

世界的に有名なヨーガ指導者のB.K.S.Iyengar師が、20日、インド西部マハラシュトラ州プネの病院でご逝去されました。95歳でした。
先代も若い頃のインド滞在中に直接指導を受けて、多大な影響を受けました。私も2001年12月26日には再度お目にかかれて、ヨーガ談義をさせて頂いたことを思い出します。
ご逝去にあたり、心よりご冥福を祈念致します。 合掌。
尚、ご逝去の詳細については下記をご覧下さい。
http://goo.gl/GGc1gG
http://goo.gl/nZEU3L
もうすぐお盆ですね。地域によってお祀りの仕方は違いますが、ご先祖様のご供養をされることと思います。家にご先祖を迎えお祀りする仏教と民間信仰の習合した行事といわれています。
私が生まれ育った京都では、お盆は13日〜16日の間で、13日に先祖の霊を迎えす迎え盆、16日に先祖の霊を送り出す16日を送り盆としています。16日には京都五山の送り火があります。
お盆時期に合わせて、今朝、二輪の蓮が花開きました。ささやかな供養の気持ちです。


2012年2月22日のブログで、ご先祖様の人数を数えてみるという試みを行いました。大仏教学者で実践者でもある玉城康四郎先生のいわれたことですが、それによると、
私ひとりの内に両親というふたりの先祖がおられます。そして、その両親、そしてまたその両親と辿っていくんですが、10代(約300年)遡れば、2,046人、20代(約600年)で2,097,110人、30代(約900年)で2,147,483,646人となります。そこには、なんと20億人!のご先祖様が実際におられたことになります。
実際はそれ以上の膨大な先祖の記憶が、私たちひとりひとりの記憶の底にに宿っていることでしょう。
でも、我が強すぎるとそれが蓋になって、自分自身だけでなく、ご先祖様も見えなくなり、力も頂けなくなってしまいます。ヨーガをとおして自分に宿る先祖様を供養し、身体の隅々、心の隅々を意識に上げられるようにする。ご先祖様にふれて、今、自分のあることに感謝したいですね。
今年の夏は四国の長雨、台風11号、関東の猛暑など、多くの被害が出ました。そういう方々のためにも、お盆は大切にしたいものです。
明日8月10日(日)に開催が予定されています名古屋研修会ですが、
台風11号の影響による参加者の安全を考慮して、休講とさせて頂きます。
詳細は研修会担当者までご連絡下さい。
今日は先代の祥月命日、丸11年が経過しました。ここ数日、当時の前後のことを思い返していました。来年は13回忌を迎えることとなります。
私が14歳のころ、最高潮に体調が悪いときにヨーガの道へと誘って頂きました恩師です。生前、さまざまな角度からヨーガの話をして今の私の地盤を作って頂きました。それは実践面だけでなくありとあらゆる分野におよんでいて、結果、それがすべて今の雄弘ヨーガの基礎となっています。
報恩感謝の念を抱きながら、同志とともに、これからも雄弘ヨーガの道を歩々したいと思います。かつてご縁のあった方のことも忘れてはいませんし、これからご縁がつながるであろう方ともそうありたいと思っています。
追善に『般若心経』の真言を奉納したいと思います。
先日のブログ「祖先の華」をもう少し。
3年前から育てている古代蓮も、1年目は立ち葉自体が非常に弱々しかった。2年目の春先に古い根の掃除をしないといけないということを知り早速やってみたが、1年目よりは元気になったものの芽が出てくる気配はなかった。
近隣の蓮池を管理している方に相談して、ひと鉢に入れる蓮根が多すぎることを教わった。今年、根を掃除をする際には、ひと鉢に蓮根1本とした。
しかしながら、なかなか反応がなかった。あまりにもつぼみが上がらないので、「立ち葉を楽しんでいる!」と勝手に言い聞かせて、待っていた。今年の夏は正念場、3年目の夏だ。その蓮につぼみが上がりはじめた。そして、今朝、開花である。
古代蓮にこだわるには、それなりの理由があったのだ。懐古主義ではないが、歴史のロマンを感じる、というのもひとつの理由ではあるが、数ある古代蓮のうち、私のこだわりは埼玉・行田の古代蓮である。
埼玉県北部の行田市、映画『のぼうの城』の地域である。このあたりは私の太古の祖先の住まった地区であり、忍城はその舞台である。当時の分限帳に先祖の名前が見えたりすると、自分の根源に触れるようで何とも言えない安堵感がある。自分がどこから来たのかという出自を知ることは、今後の自分の針路を知る上でもとても大事なことだと思う。
元禄10年(1697年)のものが最も古い墓碑だが、その分限帳は戦国時代真っ直中の天正10年(1582年)のものだ。血脈の伝承や『地誌』から察すると6世紀頃にはこの地区に住まっていたらしい。今でも祖先の苗字と同じ地名が残っている。
その地域の造成の際に古代の地層から自然発芽したのが、行田の古代蓮である。おおよそ1400年~3000年前の原始的な形態を持つ蓮であるという。つまり、当時の祖先たちも見ていた蓮を時を超えて見ることができるのである。この3年は古代の先祖へ出逢う旅路のようであったように思う。会ったこともない祖先に思いを巡らせて辿るのは、まさしく供養に他ならない。古代蓮を育てながら祖先と出会うのを待ち続けていたともいえる。
その他にも理由はある。ヨーガに携わり、仏教や日本人の心情を理解しようとする私にとっては、とても神聖な華だ。チャクラも蓮であらわされるし、坐も蓮が絡む。極楽浄土には蓮池があり、香しく香っているという。そして、この淡いなんとも言えない独特の風合い、色味がその神聖さを倍増させているような感じがする。
『ウパニシャッド』では眼球を反転させて内面を見よという。現前の世界だけに目が惹かれる昨今、五感を超越して内面を見ることは極めて大切なことだ。現実的、実利的な傾向が強いなかで、まったく別の方向性を持って思考することは、極めて大切だと思う。
そして、これがヨーガの本来のありようなのだから、、、。
今年も早いもので、半分が過ぎました。
京都では6月30日に夏越祓(なごしのはらえ)をするみそぎの日です。半年間の身の汚れを祓い、来たる半年の清浄を祈念し、京都ではこの日「水無月」(ういろうの上に小豆が載った和菓子)を食べる風習があります。

埼玉にいるとそういう風習は希いですが、今年を折返し、残る半年を息災に過ごすべく、北埼玉の祖先の地を訪れました。親戚の方と会い、玄米と大地のエネルギーいっぱいの採りたての野菜をたっぷりと頂いてきました。
そして、訪れた行田・古代蓮の里。行田古代蓮は、古代の地層から発見された種子が自然発芽したものといわれ、1400年~3000年前の原始的な蓮の姿をとどめているといいます。

私の祖先は、この時代このあたりに住んでいたので、ここで古代蓮を見ると、数千年前のご先祖様に会うような気がします。独特の淡いピンクがとてもやさしく、穏やかな気持ちになれます。
3年前から育てている我が家の古代蓮も、今日になってはじめて蕾を見つけました。
残る半年を有意義に過ごしたいものです。
今年度から早稲田大学のヨーガの授業がはじまった。とうとう、というかやっと始まった感じである。というのも、早大とのご縁はかなり古く、30年以上前に、増上寺の雄弘ヨーガの教室に早大の教授の先生が通われていたことに端を発するので、足かけ30年以上かかった次第である。
その間に、早大人間科学部のヨーガの講義がはじまった。これは、「東洋医学の人間科学」といい、20年経った今でも続いている。また、これがご縁となって、早大のエクステンションセンター(文化教室)の講座が、10数年前に始まった。
これらのご縁がさらに重なって、早大の全学生を対象とする、実践を主とした授業が始まったのである。あの時のご縁が、連綿と繰り返し重ねられた結果のことといえる。ありがたい限りだ。
開講1ヶ月が過ぎ、少しずつ慣れてきた今日、大学から駅まで約10分ほど歩いてみた。その途中で見かけたこの施設。表札を見るとインド大使官邸と書いてある。施設の中を伺いながら、少しずつ記憶が戻ってきた。
「ここ、来たことがある‼」
記憶のかなり下の層に入り込んでいたため、日頃思い出すこともないが、確かにここは、15年ほど前に、インド大使に招かれて、先代とともにやって来たところだ。
当時は、インド総領事のD.V.モーハン氏と先代がすごく深いお付き合いだったし、大使館の事務官の方も増上寺のヨーガに来られていたことなどから、大使館にも親しくしていただき、招かれることになった。大使官邸の広間で晩餐をご馳走になって、こちらは、アーサナのデモンストレーションを行った。
今日は、その15年前の場に、まさしく「出逢ったのである。」とても晴れ晴れとした心地で、旧知の友に出逢ったような体験だった。増上寺のヨーガ、早大の先生、早大でのヨーガの開講など、何段階ものプロセスを経てできた今日の授業と大使官邸との遭遇。歴史を一瞬にして渡り歩いたような心地であった。
ご縁は幾重にも重なって、また新しく結果を引き起こす。これは、業異熟果にほかならない。
これからも、ひとつひとつのご縁を大事にして今後も歩んでいきたいものだ。
夏を前に何か夏らしいものをと思い、前の連休中にヒマワリの種を蒔いた。花の種を蒔くというのは、小学校で朝顔の種を蒔いて以来ではないだろうか?と思うほど、新鮮な気持ちになった。
近隣の畑に一面で、真っ黄色に咲きわたる菜の花畑を見たのが心を動かせたようだ。そんなヒマワリ畑にしたいと思ったのである。
早速種を入手し、慣れない手つきで地面と植木鉢に植えてみた。「こんな簡単に芽が出るんかいな?」と半信半疑であるものの、説明書きに従って植えた。
種を蒔くと、芽が出るまで待ちきれない。毎日水をやりながら、「ほんまに芽、出るんかな〜」の思いがますます強くなる。それでも約一週間後に、小さな芽を発見した。この一週間は、非常に長く感じられた。
ちらほらと毎日新しい芽が出てくる。その新芽には生命力、プラーナのようなエネルギーを感じる。
「ほんまに芽が出てる!」これは筆舌に尽くし難い、感動的な一瞬だった。
種を蒔かなければ芽は出ない。かといって、蒔けば必ず芽が出るというわけでもない。蒔き方、タイミング、その他繊細な要素が複雑に関係しているようだ。
太陽と水、大地の養分は必須にしても、その他愛情のようなものも必要だろう。さらに目に見えない多くの力が関係しているのだろう。
実は、風雨をしのぐべく室内に置いておいた鉢植えのものは、芽が出たもののモヤシのようになってしまった。明らかに太陽が足りていなかった。それも地面におろして、大きく育つのを楽しみに日々、愛情をかけて水やりをしている。
芽を出して、花が咲いて、その目的を果たすまでは、気が抜けない…。
夏が楽しみだ。
今日5月5日はこどもの日。埼玉の農家では大きな鯉のぼりが泳いでいる。また、夏のはじまりの立夏でもある。数年前に収穫した梅の実から作った梅酒を飲みながら、ここ数日の出来事を思い返しつつ書いている。
先日植えたひまわりの種が、今朝になって芽を出した。いのちの芽吹きのすごさに感銘しつつ、なにか季節を越えて、新しくものごとが起こってゆくようなそういう気がした。

自宅に小さな桜の木がある。詳しくは分からないが、サクランボの実のなる木だ。桜の花のいのちは本当に短いが、春先に目を楽しませた花が、果実となってふたたび喜ばせてくれている。自然からもたらされる実りは、本当にありがたいことと、あらためて思った。
夏の繁茂をまえに、その桜の剪定した。先日とりそこなった、サクランボの実をもう少し採ることができ、食べきれないほど収穫できたのは、予想外だった。それでも、まだ残っている高所の実は、鳥たちに分けてやることにした。収穫したサクランボの実の半分は砂糖漬けに、残りは煮込んでジャムにして保存食とした。
食のもととなる収穫は、いのちを続ける重要なエネルギー源だ。できるだけ、人工的に作られた擬似なものではなく、自然なものを食したいものだ。
夏を経れば収穫の秋。いま近隣の水田は田植えが始まっている。ひまわりの種を植えたり、田植え作業に見入ったり、果実を収穫したり、そういう景色を好む自分がいる。自分の中に農耕に従事する遺伝子が組み込まれているからなのであろうか。