片手でバンザイをするようにして、脇と胸をしっかり開くことができます。
膝を掴んで行うので、背骨のハリを効果的に作り出すことができます。
ポイントは入息に合わせて手を挙げること、その際に指と肘を伸ばして手を挙げること、腕の角度(斜め45度位)に気をつけることなどです。
※音を大きくして呼吸を確認しながら行ってください。
→YouTubeはこちら
片手でバンザイをするようにして、脇と胸をしっかり開くことができます。
膝を掴んで行うので、背骨のハリを効果的に作り出すことができます。
ポイントは入息に合わせて手を挙げること、その際に指と肘を伸ばして手を挙げること、腕の角度(斜め45度位)に気をつけることなどです。
※音を大きくして呼吸を確認しながら行ってください。
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前回につづいて『瑜伽師地論』(以下『瑜伽論』)のヨーガを見てみましょう。
医療にも活用されている仏教瞑想に起源を持つマインドフルネス。マインドフルネスはもとはブッダが行った呼吸観察瞑想(アーナーバーナサティānāpānasati)に由来するものです。マインドフルネスについては、以前、ブログで書いたので読んでみてください。
→ヨーガとマインドフルネスの関係について

ānāpānasatiはパーリ語で、『瑜伽論』はサンスクリット文献なのでānāpānasmṛtiというサンスクリット語で表されます。āna(入息)とapāna(出息)をsmṛti(注意を向ける、念じる)という実践で呼吸観察瞑想といえます。
『瑜伽論』では次のように書かれています。サンスクリット、玄奘による漢訳部分とともに訳を記します。
tatrānāpānasmṛtiḥ katamā /
āśvāsapraśvāsālambanā smṛtiriyamucyate ānāpānasmṛtiḥ /
云何阿那波那念所縁。謂縁入息出息念。是名阿那波那念。
「ではānāpānasmṛtiとは何か。āśvāsa(入息)とpraśvāsa(出息) を注意の対象として念じることをānāpānasmṛtiという。」
このことから分かるように、仏教ではブッダの頃から、呼吸は観察する対象、瞑想の対象として使われました。マインドフルネスが調整しないありのままの呼吸の様子を観察する理由がここにあります。そこには調える、制御、コントロールするということは含まれません。しかし、呼吸を繊細に見つめていけば、必ず調ってくるものなのです。能動的な呼吸観察による調気法とでもいえるかもしれません。
それに対してヨーガでは積極的に調えることを第一義に説いています。調気法つまりprāṇāyāmaとは「気」のエネルギーを制御するという意味なので、調えるからこそヨーガ的仕方だといえます。しかし、繊細に調えるということには、そこには必然的に観察することが含まれています。観察しながらでないと調えられないからです。その点で、能動的調気による呼吸観察といえるでしょう。
だから、仏教では調気法を説かないからといって、ānāpānasatiで調えず観察する、ヨーガではprāṇāyāmaで調えるが観察しない、という単純なものではありません。
しかし、観察を主とする仏教のānāpānasatiだからこそ至った、秀逸なことが説かれるのです。それが「中間入息」(antara-āśvāsa)「中間出息」(antara-praśvāsa)という考え方です。これは真剣に呼吸を観察するからこそ導き出されたものといえます。
次回は、「中間入息」(antara-āśvāsa)「中間出息」(antara-praśvāsa)について考えてみましょう。
今年90歳を迎えられる庄司さんと先日米寿を迎えられたご婦人。御主人は25年以上、一緒にヨーガを続けられている熟達者です。
ご婦人は80歳になってから始められ、今回88歳米寿のお祝いを参加者全員で行いました。
ここ大阪の「なにわ研修会」は、もっとも高齢化が進んだ会で、平均年齢も更新して現在78歳となっています(最高齢は93歳)。
ヨーガをやることでこころが落ち着き、運動不足も解消されるからでしょう。普段から長い呼吸をしてきたことの賜物だと思います。
多少きつい体位も呼吸法も皆さん頑張っておられます。血管年齢もお陰で10歳以上若い方ばかりで、身心の健康に必須といえます。
年齢の高い方がヨーガを一緒にされることで、60代や70代前半の方も大いに刺激されて、毎回明るく楽しくヨーガができています。
庄司ご夫妻にも益々、ヨーガを愉しんで頂ければと思います。
なにわ研修会の様子はこちらをクリック
呼吸はゆたかに生きるための大切な要素で、ヨーガでも仏教でも呼吸を大切をしてきました。

呼吸はいのちそのものでもあり、きちっと調えれば心はゆたかになり、瞑想の対象でもあるのです。中国では健康の秘訣とされ、いずれにしても私たちの”Q.O.L”(生活の質)を高度に保つための要なのです。
呼吸、すなわち息は、入息と出息に分かれますが、実はもっと繊細で、「入」にも「入れる」「入る」があり、「出」にも「出す」「出る」という別の側面があります。ですから当然「止」にもに「止める」「止まる」があります。この二面性は呼吸の違う側面で、呼吸の観察や丁寧な呼吸法には欠かせないものです。
またそれだけではなく、呼吸には私が兼ねてから述べてきた「間」というものがあります。呼吸は波なので直線的ではなく曲線的なものです。必然的に「入」と「出」の境目が大切になります。「間」の抜けた、あるいは「間」を大切にしていない呼吸はとても窮屈なものとなって、精神的にも悪影響を及ぼします。
そのことに注目したのが、『瑜伽師地論』(以下『瑜伽論』)という仏教論書に記された「中間入息」(antara-āśvāsa)「中間出息」(antara-praśvāsa)というものです。『瑜伽師地論』は”Yogacācārabhūmi-śāstra“といい、弥勒菩薩の伝承とも言われます。
『瑜伽論』は、かの玄奘三蔵をそのサンスクリット原典を求めるために国禁を犯してまでもインドに向かわせた論書だと言います。その思想は中国で法相宗の唯識思想としてまとめられ、その流れは奈良の興福寺や薬師寺にも流れています。興福寺も薬師寺も法相宗のお寺で、いわば仏教ヨーガの本山だといえます。
次回は、呼吸観察瞑想(アーナーバーナサティānāpānasati)とヨーガの調気法(プララーナーヤーマ prāṇāyāma)について考えてみましょう。
※画像は『大正新脩大藏經』における『瑜伽師地論』の冒頭部。
論者「彌勒菩薩説」と訳者「三藏法師玄奘奉 詔譯」がみえる。
『究極的に体側を伸ばすアーサナ』のご紹介。
背骨を中心とした体の動きには、「前屈(屈める)」「後屈(反る)」「ねじる」「体側を伸ばす」があります。背骨を前後左右と回転という視点で表したものです。このうち、「後屈」と「ねじる」姿勢はいずれも反らせることを含んでいる点で共通点があります。
「前屈」と「ねじる」はしっかりとした動きではないにしても、日常生活の中でも無意識におこなっています。「反る」はあまりすることなく、「体側を伸ばす」はほぼないといえます。
これらの動きの中で、最も動かしにくいのが「体側を伸ばす」なのです。立位で体側を伸ばすアーサナは比較的行いやすいですが、この仕方だと最も付け根の部分、腰骨のすぐ上の部分はあまり活性しません。ここで紹介する仕方で行えば、腰の最も動かしにくく、血行も滞りやすい箇所を活性化することができます。これにより、腰痛や腰部の不快感、倦怠感などが大幅に改善されることでしょう。
効率的にその効果を実現するには、ただ曲げ伸ばすのではなく、ねじりを加えながら、高次元で背骨と胸のハリ、テンションを維持しつつ行うことが最大のポイントです。このことによって、血行改善と腰部の緊張を高レベルで開放してくれます。
ぜひためしてみてください。
62歳から92歳までの方が現役で通うヨーガ教室があります。平均年齢も77歳。
大阪上本町で開催している「雄弘ヨーガなにわ研修会」です。本日もみなさんと一緒に元気にヨーガを愉しみました。
40年以上つづけている方もおられれば、80歳になってから始められた方もおられます。
最近仲間に入られた方も76歳の男性。そして、男性の比率も50パーセントを超えています。
そして、他に類をみないほどの熱心ぶりで、みなさん求道者ばかりです。みなさん、なかなか決まっていますね。かっこいいです。
高齢化社会といわれますが、みなが元気で楽しくあれば、こんな素晴らしい事はありません。こころとからだの健康維持と快復には、ヨーガはぴったりです。
雄弘ヨーガは年齢性別、体の柔軟性に関係なく実践でき、各々の状態に応じてレベルアップが図れるのが特徴です。
女性が多いのではないか?若い人ばかりでは?と躊躇している方々、楽しくヨーガをやってみませんか。
追記2017/06/15
NHKテレビのディレクターの方がこのブログを見られて、6月6日(火)に取材に来られました。
様々な検査データや聞き取りをして、後日紹介される予定です。
詳細は追って、お知らせします。
イランのヨーガ雑誌、Danesh & Yoga Magazine の100巻記念号に雄弘ヨーガの思想、マインドフルネス、そして新年メッセージを込めた記事が掲載されました。
雄弘ヨーガ中東方面特任講師の鈴木悦子氏の仲介と原稿翻訳によって実現したものです。
雑誌ホームページはこちら→http://www.danesheyoga.com
原稿の大まかな内容を下に示しておきます。タイトルは「雄弘ヨーガとマインドフルネス」です。
最近、よく「マインドフルネス」という言葉をよく耳にするようになってきました。テレビでも雑誌でもでもそれを扱う特集が増え、医療者も企業もあるゆるところで活用されるようになったのは、心と身体の健康を目指すためには、本当に喜ばしいことです。
「マインドフルネス」は、特に宗教を意識することなく、呼吸を意識するという実践のみで心安く過ごせるようになるというものです。自分の呼吸を観察することだけから始められ、しかもそれによって脳の変化などを科学的に解明できるので、その垣根は極めて低くなったと言えます。いくつもの煩雑な心のうごめきをシンプルにしていくには、ひとつの対象に心を向けるのが効果的ですが、それが呼吸であればより簡単に実践でき、少しずつもつれた心の紐が溶けてシンプルになっていくのを体験できるのです。
そもそも呼吸に意識を向けるという仕方は、ヨーガの伝統です。心を向ける対象には様々な可能性が考えられますが、身体感覚を伴うものがもっとも把握しやすく、心を繋ぎとめておきやすいといえます。具体的にいうと、呼吸に伴う腹部や胸部の動きや鼻の奥で感じる息の流れがこれにあたります。そしてさらに把握、集中しやすいものがヨーガのアーサナをする際の身体感覚です。実際に、ヨーガの権威ある文献(『ヨーガ・スートラ』)では、瞑想の対象の多くが身体感覚を伴うものとして説かれています。
雄弘ヨーガでは、こうした身体感覚をふんだんに活用し、アーサナの際の身体感覚からより繊細な呼吸の感覚へと集中の対象をシームレス(seamless)に深めていけるように、常に呼吸と身体の動きを合わせて実践するように体系立てられています。身体は呼吸に合わせることで非常に動きやすくなり、集中もしやすくなるからです。
一見、身体の柔軟性を高めたり、内臓の働きを良くしたり、全身の血行を促したりして健康を導く身体的調整法が、アーサナと呼吸と身体を媒介にして自ずとマインドフルネスに導かれていくのです。身体の一部や呼吸に集中的に意識を配りながらも同時に拡張的にすべての感覚を観察する能力を養っていきます。こうして「集中的瞑想」から「拡張的観察瞑想」もシームレスに深められていくのです。
ヨーガを雄弘ヨーガの理論に則って実践していけば、それが身体的苦痛からの解放にもなり、マインドフルネスにもなり、高次元で身心の健康が実現されていくのです。雄弘ヨーガは、アーサナの運行自体がマインドフルネス、呼吸自体がマインドフルネスなのです。