震災後1ヶ月頃に記された新聞の記事が印象的でした。
「東日本大震災 「暗さ」「陰影」歓迎するムードへ 東京の夜は明るすぎた」(『産経新聞』2011/4/18)という記事でした。
「節電が暗さに対する日本人の意識に変化をもたらしている。「陰影」という日本建築の概念に光が当てられ、夜の暗さを再評価する機運が出てきた。」というもので、節電によって期せずしてもたらされた街の暗さの意味を見出そうとするものでした。
このことは私も凄く感じていました。東京駅構内は暗く、関西の駅では明るいという明確な違いを何時も目にしていたので、なおさら強く感じたのです。
ある大学教授は、過度に明るい夜間の環境が「人に常に動き回ることばかりを強いて、じっと考える能力を喪失させたことはうたがいようがない」と、言ったそうです。
あれからしばらくは、蛍光灯も半分ほど外されていて、うっすらと暗い陰影を感じたものですが、今はもうすっかりと忘れ去られたようで、今は東京駅も地下鉄も今は煌々と電気が付いています。
あの暗さになれようとしていた都会人も、今はほとんどそのことを覚えていないでしょう。
ヨーガに適した環境のひとつに、視覚的に刺激の少ないことが大切です。
電気を煌々とつけた箇所では、こころが鎮まりにくいからです。
陰影ある環境がヨーガ的といえます。
右肩上がりを必須とする世界観では決して育まれない陰影。
それを忘れてまたもやそこに立ち戻ってしまいそうです。
報道では、5年経っても元に戻れない被災された方々の悲痛の叫びを伝えてます。
陰影は優しさでもあります。
一刻も早い復興を祈念するばかりです。




