遠望視

私が小学生の頃、視力が低下する子どもが多いということで、休み時間に遠望視を学校ぐるみで取り組んでました。校庭から吉田山(京都市内、大文字山の向にある)をぼーっと見る練習です。当時は何をしているのか、まったく意味がわかりませんでしたが、今思うと遠望視は視力よりもこころの鍛錬に効果的だったんだと思えるようになりました。何もしないこの時間は、こころの栄養補給の時間なのです。

私たちはどうしても遠い将来のことよりも、近い将来の、あるいは、今日明日の雑事にこころが向きやすい傾向があるんです。だから、目の前に大きな課題があるとそればっかり見てしまうんですね。近くを見るということは、遠くが見えないということ。手前のことばかり気にしていているから、視野が狭くなるんです。

とても不思議ですが、実際に眼で見える視野が狭くなると「こころの視野」も狭くなるんです。狭いところで右往左往するようにもがき苦しむようになりかねません。この時こそ、視野と視線をかえることで乗り越えることができます。

こういうときに遠望視が最適なんです。かっこよく表現すると瞑想ともいえるかも知れませんが、遠望視でいいんです。遠くを見るんです。とにかく遠くを。何かに焦点を合わせるとその他のものが見えなくなるので、何を見るでもなく「あ~っちの方」を眺めるように空を見てればいいんです。千里先の地平線やその向こうにあるオアシスを眺めるようにするんです。山がなければ、空でも星でもなんでも大丈夫。

近くを見すぎると、視野は20度未満。集中力があるといえばそうですが、これではあまりにも周りが見えない。こころを苦しめるテーマに集中する必要ありませんからね。遠望視をすると、視野は180度以上!見える世界が桁違いに広くなります。眉間のしわも緩んで、眼の緊張もおさまり、とても楽になります。5分~10分経つと、こころもひろ~くなって、自然と同化したのが分かるはずです。