無罣礙~身体と頭を空っぽに~[1]

雄弘ヨーガの東京でのはじまりは、1980(昭和55)年にまで遡ります。港区増上寺境内の三康文化研究所にて佐保田鶴治師を中心とし、番場一雄師を専任講師とする「三水会」というヨーガ研修会が催され、これが核となって翌年4月5日(土)、雄弘ヨーガ増上寺研修会が開催される運びとなりました。増上寺での研修会は、その後30年近く続き、今は、表参道へと移動しました。

今回は、1991年5月4日の先代雄弘師の講話記録を文字に起こしたものの一部です。続きは、追々アップしたいと思います。タイトルは題して、「無罣礙~身体と頭を空っぽに~」です。
※修正はせずに、ほぼ、記録テープのままにしておきます。

。。 _____________ 。。。 _____________ 。。

では、ぼちぼち眼を開けます。こんにちは、ナマステ。
えーっ、今日は連休のど真ん中で、真っ最中でございまして、また非常にさわやかで、いい天候に恵まれまして、あちこち外出されている方もたくさんいらっしゃるのではないかと思うんですが、、、、。
えーっ、私も今あそこの阿弥陀様にお参りに行ったんですけど、皆さんも時々本堂に行かれて、阿弥陀様と対面してきてください。えーっ、我々のヨーガの御縁を頂いているのも、阿弥陀様でございましてしてね、阿弥陀様の経典といいますかね、『観無量寿経』とかですね、浄土宗の経典もヨーガと親戚でございましてね、えーっ、深い関わりがあるんです。
えーっ、いろいろと災いがあったり困ったりするとね、御縁のある阿弥陀様がギリギリのところで我々を助けてくださる、という事実も私、確認してございまして、えーっ、時々、増上寺でヨーガをやらせていただいているので、えーっ、感謝を込めて、ひとつ、お参りに行ってください。すばらしい阿弥陀様がいらっしゃるのでね。

えーっ、阿弥陀様はね、西方極楽浄土というところで、むかし、法蔵比丘という出家の比丘であったんですけどね、四十八の願を立てて、そしてヨーガに励んだということになってますね。そして、四十八の願を全部成就して、仏様になって、阿弥陀仏となった。ということが、浄土宗の根本になっているんですけどね。
そしてまあ、遠ーくにいらっしゃるんですけどね、まあしかし、遠いといってもね、皆さんのなかにいらっしゃるから、安心されたらいいです。そんな、遠いものなんて、えーっ、どこにもないんで、いつも我々が遠いと思っていることは、案外近かったり、近いなあと思っていることは遠い、このようになっているのが、世の中でございまして、、、、。

えーっ、『般若心経』を読んでますと、短いお経の中には、無尽の智慧が隠されていまして、えーっ、我々がヨーガをやるたびに、読んでおりますと、読ませていただいてますと、、、、皆さん覚えられたでしょ? その中にね、「無罣礙」「無罣礙」ってね、、、
「無罣礙」っというのはね、障りがないということなんです、簡単に言うとね。障りがないということは、邪魔するものがないということなんです。遮られるものがない、、、太陽であればこのように明るくね、遮るものがないから、非常に明るい。これがまあ、雲でも一杯あってね、してますと、暗くなったり、遮るものがあったりするですけど、、、、えーっ、しかし、遮るものがあっても明るいんです。明るいね、まっ、ここに、太陽の素晴らしさがあるんですけどね。